沿革
サンクトペテルブルク小児医科大学は、1905年に設立された市立小児病院を基盤として、1925年に出産・乳児研究所が開設されたことを契機に設立されました。1935年、同病院は高等医学教育機関としての地位を獲得し、レニングラード小児保健研究所へと改称されました。1936年には51名の小児科医が初めて卒業しました。第二次世界大戦勃発までに、5回の卒業で530名の小児科医が輩出され、3,000名以上の医師が高度な研修を受けました。教員は教授37名、准教授88名、助手160名で構成されていました。研究所は小児科の問題に関する20冊のハンドブックと2,072本の科学論文を出版し、母子保健に関連する医学的・社会的問題の先駆者となりました。第二次世界大戦中、研究所はドイツ軍の地図上で「Object 708」と記された爆撃にもかかわらず、臨床業務を継続しました。建物への直撃弾にもかかわらず、子供の死者は一人も出ませんでした。同研究所は、避難していない40万人の子供たちを治療し、教職員は数え切れないほどの命を救いました。学生たちは各地で戦時医療支援活動に参加しました。同研究所は国際的な医学教育センターへと発展し、4大陸70カ国から数千人の外国人学生を受け入れています。

